meta.kimura

感情の率直と、思索の明澄と、語と文との簡潔とです。

書いてあることが正確だと思わないでほしい。


 報道ってのはあんまり好きではない。



 なんか、「科学」とかの言葉もそうだけど、
 伝えられていることは正確だって、思わないか?

 すんごい変な話なのだが、今の人たちって、
 正しいことを伝えられ慣れすぎていないか、と思う。

 世の中って、
 思想や視点によって随分とその有様を変える。

 なのに、世の中の報道はあまりに客観的過ぎて、結果として
 その正確さを主張する。

 みんなが、それは正しく起こった事実である。と認めてしまう。



 この状況をみると、情報操作なんて容易いものなんだろうな、と
 思えて仕方がないのだ。


 「情報操作なんて、心配する意味がわからない」という声も
 聞こえてきそうだが、問題の本質はそこではなく、

 ただただ、情報を浴びる体質になっていないか、という点である。



 比較として適切ではないのだろうが、
 昔の新聞はある理念を持ち、理想の社会を創るために報道していた
 はずである。ということは、誤った情報や曲げられた解釈が沢山
 あり、それはそれで害を及ぼしていたのだろうが、

 メディアリテラシーなるものを身につけるには、そういう胡散臭い
 報道に触れることも重要だろうな、と思うのである。


 偏りも、いろんな方向の偏りがたくさん集まれば、
 偽りの平坦よりもいい平坦を作り出すのではなかろうか。





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