meta.kimura

感情の率直と、思索の明澄と、語と文との簡潔とです。

流通コスト零式社会


 どうでもいいことを書こう。
 って、いや、どうでもいいわけでもないのだが。かなり非現実
 的なので、その点ご了承をば。

 「 流通コスト零式社会 」ってのは、なんぞやっていうと、
 つまりは、人、モノ、カネ、情報なんかの流通コストがゼロ
 な社会のことです。つまりは、「 移動 」に関して、全く
 お金がかからない、ってこと。

 この前もちょっと話題になったんだけど、我々はJRにお金を
 落とし過ぎている(笑)なんだか活動すればするほど、特に
 そこまで共感もしていない企業に莫大なお金を落としていて、
 ほんとに釈然としないわけです。 いや、ま じ で w

 そんなわけで、流通コスト( というか旅費 )はできるだ
 け低くおさえたいわけです。できれば、ゼロがいい。なにせ
 旅費が安ければ、現地でちゃんとお金が使えます。これ重要。



 さて、何もこんな個人的な感情ばかりから、流通コストゼロ
 とか言っているわけでもないのです。実はこの考えは高速道
 路無料化の話が聞こえてきたときから頭に浮かんでおりまし
 た。つまり、「 なぜ無料化するし??? 」という問いへ
 の自分なりの答えなのです。

 現在の地域と地域のリンク構造を想定するに、多分、首都→
 中核都市→地方中核都市→市街→郊外→農村/山村という
 感じで一種のヒエラルキーになっていると思ってます。1極
 集中的クラスターがいくつかあって、クラスターの中心が
 東京につながっている。そんなイメージです。

 ただ、僕はもうちょっと多極分散型であっていいと考えてい
 ます。分散型にする理由は多様性、創造性の確保とリスク分
 散かな、と思いますが、その議論は置いておいて、ひとまず
 分散型が理想です。

【 道路整備の話ではなくて、実質的な人やモノの動きです 】


 分散型のモデルとなると、すぐに取り出されるのがWEBで
 す。インターネットです。「 リアルな空間をWEB的なも
 のに近づけていく 」そんなばくっとしたイメージを持って
 います。

 で、現実空間とWEBとの大きな大きな違いは、流通コスト
 がかかるかどうかです。今は通信インフラの発達により、
 本当に低コストで情報が流通するようになりました。これが
 あってこそのWEB的空間だと思うのです。

 もし、WEBに地域によるアクセスコストの差があったとする
 と、だれも東京のページをスルーして青森のページを見には
 行かないでしょう。ネットワークが多極分散に近づくために
 は、流通コストの低下が必要なんです。おそらくw


 もう、2年ぐらい前ですかね?高速道路無料化だとか、休日
 1,000円だとかが話題になったときに、漠然と、「 ああ、
 これからは地域分権、分散型だからなぁ 」と思ってたわけ
 です。そんな文脈で捉えていた人は少ないんでしょうが、政
 策の意図は、これからの地域社会の構造を見ていたんだろう
 と思っています。





 紀伊半島と能登半島が結びついて、東京抜きで盛り上がる。
 なんてことが出てくると思うんですよね。そのためにも、人、
 モノ、カネ、情報の流通コストを下げてみて、そのアフォー
 ダンスを引き出していかないといけないんだろうなぁ、と。

 どこでもドアの開発まで行ってしまうと、少々行き過ぎ感が
 ありますが(笑)






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