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meta.kimura

感情の率直と、思索の明澄と、語と文との簡潔とです。

自分の原点な文章 【 私の個人主義 】

雑記


 諸事情あって手放していた『 漱石文明論集 』を最近、再度購入した。
 その中にある、「 私の個人主義 」はあまりにも有名な講演録。この
 夏目漱石の姿勢は、僕の中にずーっと息づいてるんじゃないかと、思う。

 高校生時代に出会ってから、転機になると立ち戻る文章なので、ここに
 載せておいてみる。コピペだけどw 一応、手抜きなわけじゃないw

 全文は青空文庫とかにあがってるので、気になる人は、読んでみて。
 今日は、僕が好きな部分を抜粋ですm(_ _)m

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 私は大学で英文学という専門をやりました。その英文学というものはどんな
ものかと御尋ねになるかも知れませんが、それを三年専攻した私にも何が何だ
かまあ夢中だったのです。その頃はヂクソンという人が教師でした。私はその
先生の前で詩を読ませられたり文章を読ませられたり、作文を作って、冠詞が落
ちているといって叱られたり、発音が間違っていると怒られたりしました。試
験にはウォーヅウォースは何年に生れて何年に死んだとか、シェクスピヤのフ
ォリオは幾(いく)通りあるかとか、あるいはスコットの書いた作物(さくぶ
つ)を年代順に並べて見ろとかいう問題ばかり出たのです。年の若いあなた方
にもほぼ想像が出来るでしょう、果してこれが英文学かどうだかという事が。
英文学はしばらく措(お)いて第一文学とはどういうものだか、これでは到底
(とうてい)解るはずがありません。それなら自力(じりき)でそれを窮(き
わ)め得るかというと、まあ盲目の垣覗(かきのぞ)きといったようなもので、
図書館に入って、何処(どこ)をどううろついても手掛(てがかり)がないの
です。これは自力(じりき)の足りないばかりでなくその道に関した書物も乏
(とぼ)しかったのだろうと思います。とにかく三年勉強して、遂に文学は解
らずじまいだったのです。私の煩悶(はんもん)は第一此所(ここ)に根ざし
ていたと申し上げても差支ないでしよう。

 私はそんなあやふやな態度で世の中へ出てとうとう教師になったというより
教師にされてしまったのです。幸に語学の方は怪しいにせよ、どうかこうか御
茶を濁(にご)して行かれるから、その日その日はまあ無事に済んでいました
が、腹の中は常に空虚(くうきょ)でした。空虚なら一(いっ)そ思い切りが
好かったかも知れませんが、何だか不愉快な煮(に)え切らない漠然たるもの
が、至る所に潜(ひそ)んでいるようで堪(たま)まらないのです。しかも一
方では自分の職業としている教師というものに少しの興味も有(も)ち得ない
のです。教育者であるという素因(そいん)の私に欠乏している事は始めから
知っていましたが、ただ教場で英語を教える事が既に面倒なのだから仕方があ
りません。私は始終中腰(ちゅうごし)で隙(すき)があったら、自分の本領
(ほんりょう)へ飛び移ろう飛び移ろうとのみ思っていたのですが、さてその
本領というのがあるようで、ないようで、何処を向いても、思い切ってやっと
飛び移れないのです。

 私はこの世に生れた以上何かしなければならん、といって何をして好いか少
しも見当が付かない。私は丁度(ちょうど)霧の中に閉じ込められた孤独の人
間のように立ち竦(すく)んでしまったのです。そうして何処からか一筋の日
光が射して来ないか知らんという希望よりも、こっちから探照燈(たんしょう
とう)を用いてたった一条(ひとすじ)で好いから先まで明らかに見たいとい
う気がしました。ところが不幸にしてどっちの方角(ほうがく)を眺めてもぼ
んやりしているのです。ぼうっとしているのです。あたかも嚢(ふくろ)の中
に詰められて出る事の出来ない人のような気持がするのです。私は私の手にた
だ一本の錐(きり)さえあれば何処か一ヵ所突き破って見せるのだがと、焦燥
(あせ)り抜いたのですが、生憎(あいにく)その錐は人から与えられる事も
なく、また自分で発見する訳にも行かず、ただ腹の底ではこの先自分はどうなる
だろうと思って、人知れず陰鬱(いんうつ)な日を送ったのであります。

 私はこうした不安を抱いて大学を卒業し、同じ不安を連れて松山から熊本へ
引越し、また同様の不安を胸の底に畳(たた)んで遂に外国まで渡ったのであ
ります。しかし一旦(いったん)外国へ留学する以上は多少の責任を新たに自
覚させられるには極(きま)っています。それで私は出来るだけ骨を折って何
かしようと努力しました。しかしどんな本を読んでも依然として自分は嚢(ふ
くろ)の中から出る訳に参りません。この嚢を突き破る錐は倫敦(ロンドン)
中探して歩いても見付 みつか りそうになかったのです 私は下宿の一間(ひ
とま)の中で考えました。詰らないと思いました。いくら書物を読んでも腹の
足(たし)にはならないのだと諦めました。同時に何のために書物を読むのか
自分でもその意味が解らなくなって来ました。

 この時私は始めて文学とはどんなものであるか、その概念を根本的に自力で
作り上げるより外に、私を救う途(みち)はないのだと悟ったのです。今まで
は全く他人本位で、根のない萍(うきぐさ)のように、其所(そこ)いらをでた
らめに漂(ただ)よっていたから、駄目であったという事に漸(ようや)く気
が付いたのです。私のここに他人本位というのは、自分の酒を人に飲んでもら
って、後からその品評(ひんぴょう)を聴いて、それを理(り)が非でもそうだ
としてしまういわゆる人真似(ひとまね)を指すのです。


(中略)

 私はこの自己本位という言葉を自分の手に握ってから大変強くなりました。
彼ら何者ぞやと気慨(きがい)が出ました。今まで茫然(ぼうぜん)と自失し
ていた私に、此所(ここ)に立って、この道からこう行かなければならないと指
図(さしず)をしてくれたものは実にこの自我本位の四字なのであります。
自白すれば私はその四字から新たに出立(しゅったつ)したのであります。
そうして今のようにただ人の尻馬(しりうま)にばかり乗って空(から)騒ぎ
をしているようでは甚だ心元(こころもと)ない事だから、そう西洋人ぶらな
いでも好いという動かすべからざる理由を立派に彼らの前に投げ出して見た
ら、自分もさぞ愉快だろう、人もさぞ喜ぶだろうと思って、著書その他の手段に
よって、それを成就(じょうじゅ)するのを私の生涯の事業としようと考えた
のです。

 その時私の不安は全く消えました。私は軽快な心をもって陰鬱(いんうつ)
な倫敦(ロンドン)を眺めたのです。比喩(ひゆ)で申すと、私は多年の間懊
悩(おうのう)した結果漸く自分の鶴嘴(つるはし)をがちりと鉱脈に掘り当
てたような気がしたのです。なお繰り返していうと、今まで霧の中に閉じ込ま
れたものが、ある角度の方向で、明らかに自分の進んで行くべき道を教えられた
事になるのです。

(中略)

 以上はただ私の経験だけをざっと御話ししたのでありますけれども、その御
話しを致した意味は全く貴方がたの御参考になりはしまいかという老婆心(ろ
うばしん)からなのであります。貴方がたはこれからみんな学校を去って、世
の中へ御出掛になる。それにはまだ大分時間のかかる方も御座いましょうし、
または追付(おっつ)け実社界(じっしゃかい)に活動なさる方もあるでしょ
うが、いずれも私の一度経過した煩悶(はんもん)(たとい種類は違っても)を
繰返しがちなものじゃなかろうかと推察されるのです 私のように何処 どこ
か突き抜けたくっても突き抜ける訳にも行かず、何か掴(つか)みたくっても
薬缶頭(やかんあたま)を掴むようにつるつるして焦燥(じ)れったくなった
りする人が多分あるだろうと思うのです。もし貴方がたのうちで既に自力で切
り開いた道を持っている方は例外であり、また他(ひと)の後に従って、それで
満足して、在来の古い道を進んで行く人も悪いとは決して申しませんが、(自己
に安心と自信がしっかり附随しているならば、)しかしもしそうでないとしたな
らば、どうしても、一つ自分の鶴嘴(つるはし)で掘り当てる所まで進んで行か
なくっては行(い)けないでしょう。行けないというのは、もし掘り中(あ)
てる事が出来なかったなら、その人は生涯不愉快で、始終中腰(ちゅうごし)に
なって世の中にまごまごしていなければならないからです。私のこの点を力説
するのは全くそのためで、何も私を模範になさいという意味では決してないの
です。私のような詰らないものでも、自分で自分が道をつけつつ進み得たとい
う自覚があれば、あなた方から見てその道が如何に下らないにせよ、それは貴方
がたの批評と観察で、私には寸毫(すんごう)の損害がないのです。私自身は
それで満足するつもりであります。しかし私自身がそれがため、自信と安心を
有(も)っているからといって、同じ径路が貴方がたの模範になるとは決して
思ってはいないのですから、誤解しては不可(いけま)せん。

 それはとにかく、私の経験したような煩悶(はんもん)が貴方がたの場合に
もしばしば起るに違いないと私は鑑定(かんてい)しているのですが、どうで
しょうか。もしそうだとすると、何かに打ち当るまで行くという事は、学問をす
る人、教育を受ける人が、生涯の仕事としても、あるいは十年、二十年の仕事とし
ても、必要じゃないでしょうか。ああ此処(ここ)におれの進むべき道があっ
た! 漸(ようや)く掘り当てた! こういう感投詞を心の底から叫び出され
る時、あなたがたは始めて心を安んずる事が出来るのでしょう。容易に打ち壊
されない自信が、その叫び声とともにむくむく首を擡(もた)げて来るのでは
ありませんか。既にその域に達している方も多数のうちにはあるかも知れませ
んが、もし途中で霧か靄(もや)のために懊悩(おうのう)していられる方が
あるならば、どんな犠牲を払っても、ああ此所(ここ)だという掘当てる所まで
行ったら宜(よ)かろうと思うのです。必ずしも国家のためばかりだからとい
うのではありません。またあなた方の御家族のために申し上げる次第でもあり
ません。貴方がた自身の幸福のために、それが絶対に必要じゃないかと思うか
ら申上げるのです。もし私の通ったような道を通り過ぎた後なら致し方もない
が、もし何処かにこだわり(四字に傍点)があるなら、それを踏潰すまで進まなけ
れば駄目ですよ。――尤(もっと)も進んだってどう進んで好いか解らないの
だから、何かに打(ぶ)つかる所まで行くより外に仕方がないのです。私は忠
告がましい事を貴方がたに強(し)いる気はまるでありませんが、それが将来
貴方がたの幸福の一つになるかも知れないと思うと黙っていられなくなるので
す。腹の中の煮(に)え切らない、徹底しない、ああでもありこうでもあるとい
うような海鼠(なまこ)のような精神を抱いてぼんやりしていては、自分が不
愉快ではないか知らんと思うからいうのです。不愉快でないと仰(おっ)しゃ
ればそれまでです、またそんな不愉快は通り越していると仰しゃれば、それも結
構であります。願くは通り越してありたいと私は祈るのであります。しかしこ
の私は学校を出て三十以上まで通り越せなかったのです。その苦痛は無論鈍痛
(どんつう)ではありましたが、年々歳々(ねんねんさいさい)感ずる痛(い
たみ)には相違なかったのであります。だからもし私のような病気に罹(かか
)った人が、もしこの中にあるならば、どうぞ勇猛に御進みにならん事を希望
して已まないのです。もし其所(そこ)まで行ければ、此処(ここ)におれの
尻を落ちつける場所があったのだという事実を御発見になって、生涯の安心と
自信を握る事が出来るようになると思うから申し上げるのです。


( 「 私の個人主義 」 夏目漱石 )
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