meta.kimura

感情の率直と、思索の明澄と、語と文との簡潔とです。

だいはんせいたいかい。



 反省しているわけです。

 何がって言うと、なんというか、しっかりした場になってしまった
 なぁ、ということ。モードが違うというか。もっとあたたかい感覚
 もあってよかったんじゃないか、というか。そんな感じを受けてし
 まったわけです。 あれ? 何か違うな、と。

 もちろん、真剣な雰囲気で、よかったわけです。そういう点では、
 一般な基準からして、うん、いい会になってました。すごい気迫を
 感じたし、覚悟を持ってのぞまれていたのも伝わってきました。何
 が違和感の原因だったかは、わかりづらいものでもあるのです。

 全ては自分自身に帰する気もします。僕自身の心の持ちようが、そ
 の雰囲気を見るときのフィルターになっていて、だから違和感を感
 じたのも、1つでしょう。うん。でも、極論を言えば、しっかりと
 しようとし過ぎたのかもしれません。余白がなかったというか。あ
 まりにちゃんとしようとし過ぎて、そのモードがみんなに伝染して
 しまったような。

 こんなことを言えば、「 それは違う 」と言われそうですが、も
 っと何かを忘れればよかった、と。もっと抜けていればよかった、
 と。そんな風にも考えてしまいます。「 こいつに任せといたらダ
 メだ 」ぐらいに抜けておいてもよかったんじゃないだろうかと。


 できないことや、間違いは、僕にとって尊いもんです。それがある
 から、生まれる空気がある。頼れる存在になれない私は、できない
 ことで価値を出していくのかもしれない、と思うぐらいに。

 ま、そんな立場でずっと行けるわけがなく、いつか人生詰みゲーで
 オワタ\(^o^)/な状況に陥るわけですがw


 それにしても今回は本当に変なモードに入ってしまった気がしてい
 て。このモードを操るパターンを知らないといけないですね。お客
 さまがいて、「 お客様のために! 」なんていう感覚だったり、
 全てがフルコース、きちっと揃っていて、寸分違いなく動いている
 ような、そういうことは他の誰かに任せておきたいのです。曖昧で
 余白があって、そこに埋められる何かがあって、だからこそ、埋め
 るために人が動くような、そんで、楽しんで埋めていくようなのが
 理想です。お客さん( という人がいればの話ですが )に助けら
 れるのが理想です。

 本当は全体を包括しながら、欠けられるといいんだけど、そんな
 名人芸は持ちあわせておらず。しかも、持ち前の「 攻撃されやす
 さ 」みたいなものも出てきたから、やっぱり攻撃したい人はその
 脆弱性を攻めたくてたまらなくなっちゃんじゃないか、とか。色
 んなものが重なって、鏡のように現れて、違和感が映り返っちゃっ
 たのかもしれません。


 あ、もういっかい言っておきますが、いい会ではあったんですよw


 ただ、感じた違和感は大切なもんだから、とっておきたい。
 そんな気持ちです。

 何事にも自分が映ってしまう。引きこもりニートが雰囲気に反映さ
 れる。そうなるとして、じゃあ、やっぱり僕は何もできないんだろ
 うと、心底思う。こういう人間が生きていけるほど、豊かな社会が
 できたらいーんだろーなぁー








 
 


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