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meta.kimura

感情の率直と、思索の明澄と、語と文との簡潔とです。

ニシアワツアー夏 2011 (目的)

見てきたこと

 

 前回の記事で、僕は参加者と西粟倉の関係を提示できなかった、と書いた。実はこのツアーを組み立ててる段階で、その点がすごく悩みどころだったのだ。
 
 西粟倉の取り組みは進みに、進み、どんどん充実してきている。現在では、投資家の募集も締め切られていて、製品を製造、販売する段階に入ってきている。と、考えると、今、西粟倉に連れていくべきは購買力の弱い若者ではなくて、製品購入を真剣に検討し、また、製品の良さを広めてくれる人だろう。

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【 既に工場も稼動し、いろんな製品に対応しはじめている 】

 だが、僕の周りにはそんな高給取りで意識の高い人ってのはいないわけだ。安定してる人ってのがそもそも少ない。それって、どうなの?と疑問に思う。
 
 それならば、同じ方向をみている人、理念を共有する人を連れていけば、仲間を見つけれられ「 西粟倉のためになる 」んではないか、とか考えた。テーマ的には林業かな。だが、これも何かチカラに欠けるように思えて、納得がいかなかった。林業テーマに絞れれば、若手の林業関係が集まる全国コミュニティを作れる可能性もあるにはあった。しかし、どーにも、そんな人たちを集められる気配もなかった。僕の営業力なんてしれているもんだ。
 
 僕のニシアワツアーに関する悩みは5月頃からはじまっていて、悩みつつ、考えつつの6月を過ごしていた。突き抜けられない何かがずっとひっかかっていた。自分の思い込み、前提を崩すのに、結構な時間がかかってしまった。


 つまり、こう言うと、あるいは否定されるかもしれないのだが、
 
 「 西粟倉のためにやるんじゃない 」
 
 ということだ。思えば「 西粟倉のため 」なんて大それたことを考えていたもんだ。そんな短期間に、気軽に、役立つことなんてできるわけがない。( と、言うとそれはそれで言い過ぎなんだけど )このコンセプトの前提を突き崩す必要が、僕にはあったのだった。西粟倉のためじゃなくて、この場におもしろい人が集うことによって、
 
 「 これから起こるおもしろい何か、のために 」
 
 ニシアワツアーをやるんだ、と。まぁ、そんなことを言っても、さらっと流されたわけですがw きっと僕なりのケジメなんだろうなぁ、こういうのを考えるのは。

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【 だからこそ、西粟倉での経験を日常に持ち帰って欲しい。って話を
  振り返りのあとに言ってしまった 】



 辿り着くまでが長すぎて、いろいろな人にご迷惑をかけた。もっと器用に動けたらいいんだろうけど。。。m(_ _)m 自分なりの軸を持てたのは大きかった。あとは、ブレなかったように思う。
 
 それにしても西粟倉に行くのに、西粟倉のためじゃない、ってのは、何ぞやですよね。でも、そうなんです。おそらく。ここに役立つためじゃない方が、役立つことがあるように。それぞれに関わって、拡散していけばいい。そんな思い切りというか、踏ん切り的な感覚です。

 うん。まだ、言葉になってないなw でも、なんじゃこりゃ、って思われる方にはともかく、、、どこか重要な気がするんだよなぁ。
 
 「 地域のためじゃない 」ってことが、ね。



 

コミュニティデザイン―人がつながるしくみをつくる

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