meta.kimura

感情の率直と、思索の明澄と、語と文との簡潔とです。

被災地で感じたこと、感じなかったこと。【 2011東北旅行 】


 「 東北に行ってきました~ 」と言うと大概の場合、「 どうだった? 」と返される。この言葉には、勿論、被災地はどんな様子だったの?、的なニュアンスがたっぷり含まれていて、そればっかかよ、と思わなくもない。とはいえ僕もつまるところは東日本大震災のあとが気になって東北に行ったのだった。その場所に自分を置いたときに、何を思い、どう感じるのかを知りたかった。

 僕の旅は基本的に無計画で無鉄砲で無茶である。初日、青春18切符を使って、13時間ほど鈍行に揺られる。仙台に着いたのは19時前。そこからとにかく津波をかぶった地域に行ってみたくて、海に向かって歩き始めた。2時間以上歩いて、おそらく目的の地域に入る。

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 津波被害のエリアに入った途端、真っ暗になる。暗くて何も見えないから、普通に怖い。人間のエリアでない感じを受けて、進むのをためらった。車は通るので、そこまで暗闇でもないのだが、周囲の状況はつかめなかった。見えないから迫力もなく、暗さと建物のなさに気圧された。匂いはなかったので、瓦礫とかはそんなに残ってないんだろう。「 うーん、こんなもんか 」と、座り込む。歩きで疲れてたので、暗闇でひと休みしてから仙台駅へもどる。

 仙台の街は普通だった。
 外から見る分には何も変わりがない。
 企業がひどく豪勢な七夕飾りをだしていること、と、ボランティアっぽい、業界人同士が「 ヤァヤァ、こんなとこでも会いましたね 」的な挨拶をしていたのが鼻についたぐらいだった。えらっそうなオッサンってのは、どうも好きになれない(笑)


 2日目は石巻に。電車の本数は少なくなっているらしいが、難なく乗り継ぐことができた。向かう電車内には、ボランティアの方がたくさん。高校生が少し。まったくもって観光客のようなわたし。It's all away(笑)なんだか疎外感を感じつつ、でも、単なる野次馬に行くわけだし仕方ないかと納得しつつ、石巻に到着した。

 ここでも、どこに行ったらよくわからないので、とりあえず歩く。海の方に行けばいいだろうぐらいしか考えてないから、疲れる(笑)街は、たまに傷痕があるものの、いたって普通の休日のような雰囲気だった。車を洗う人もいれば、庭仕事みたいなことをしてる人もいる。高校生?は学校の周りをランニング。落ち着いた街だな、と思った。

 高台を超えて、海に近づく。さすがに、津波エリアに入ったときには「 おわっ 」と驚いた。明らかな境界線。その先には瓦礫の荒野、ゴーストタウンが広がっていた。

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 せっかく被災地に来たのだから、その辺にいる人に声をかけてみたかったが、結局誰とも話せなかった。車から降りて、シャッターを切るおじいさんもいた。でも、なぜ写真を撮っているのか考えたとき、どうにも決まりが悪い心地になってしまう。例えば、そこに娘さんが住んでいたのかもしれないな、と思うと、かける声が見つからなかった。

 津波エリアは広い。独り、夏の日差しを浴びつつ、てくてくと荒野を歩いていく。あまりシャッターも切らない。どっかで見たような、おんなじような写真が量産されるだけだから。


 不思議なもので。

 驚きはしたものの、覚悟ができていたからか、その土地の人と話していないからか、やっぱり「 この地域を復興させよう! 」とか「 自分にできることがあれば、お手伝いしたい! 」とか思うことはなかった。極端に言ってしまえば「 何も感じなかった 」それは、この街自体が、ひとつ、落ち着いていたからかもしれない。悲劇の光景は、遠のいていたのかもしれない。ただ、淡々として見えた。気づかぬうちに、その場所にあった生活を想像するように努めていた。そうでもしないと、悲しくなれなかったのだ。

 一方で「 なんと醜い場所だろう 」とも感じてしまう。モノが多い。ひたすらに、モノが多い。人間の生活に波を被せてさらってみたら、こんなにもモノが残ってしまうのか、と思ってしまった。あんまりこういうことを考える奴でもないのだけども、現代生活のモノの多さをまざまざと見せつけられた気がしていた。

 ネパールで見た、河川敷のゴミ山とその異臭を思い出す。津波のあとを眺めて、何考えてんだか。。。(´・ω・`)


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 津波のあとにも、夏は来る。瓦礫がなければ、普通の夏の風景だったろうと思いながら、撮る。不謹慎ながら?大きな感情の波はなく、それに従い、下手に同情することもなかった。仙台へと引き返した。帰りは高速バス。やはり、ボランティアっぽい人たちに囲まれながら眠る。


 その日の夜が、七夕の花火大会。凄い人出で、花火も気合いが入ってる。周りは、浴衣カップルや親子連れや。花火客の外見も、いつもと同じに見えた。

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