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meta.kimura

感情の率直と、思索の明澄と、語と文との簡潔とです。

震災支援団体の、その後

ゆるい生活 インターネット 考えてること

 もうそろそろ「 震災支援 」って言葉にもピンとこなくなって来たように思う。時間の流れってのは、強烈なもんで、原発に近い東京はまだ大変なんだろうけど、名古屋はいたって平穏無事に見えてしまえる。工場の“木・金曜休み”も終わったんじゃなかろうか?

 まぁ、そんなに年がら年中危機感に浸っていられるわけもなく、そんなこんなで、震災時に立ち上がった多くの団体も変化を受け入れざるを得なくなってきているのではないだろうか? 被災地のニーズってのもあるけど、支援を募る地域でのニーズってのもある。寄付金集めとかを筆頭に、これまでと同じ活動をしていても徐々に疲労していくだけになってしまいかねない。

 と、思う。

 これから残っていくのは、何というか、「 震災 」ってことばかりではなくて、ある種震災の前から感じていた違和感が吹き出したようなところに原点がある団体なんだろう。変な言い方かもしれないけど、「 震災 」はある種、火山の爆発みたいなものであって、その背景には何だかいろんな問題とか課題とか、違和感とか疑問がマグマみたいにぐつぐつしてるんだと思う。今後は少しずつ標的を「 そっち 」に転回していく。本当の敵、ってのは自然災害じゃないんじゃないの?ってことだ。

 さて、とはいえ「 震災支援のために 」立ち上がった人たちも多い。そう簡単に変化もできないし、変わる必要もない。細く、長く続けていくのも正しいし、思い切って解散するのも正しい。ただ、願わくば、一緒に活動した仲間とのつながりをゆるやかに残しておいて欲しいと思う。そのつながりこそが、最も大切だからだ。


 ちょっと話が飛んでしまうのだが、

 つい先日、高校時代のクラスメイトが交通事故で亡くなったという連絡が流れてきた。さすがにショックで半時間ほど、ぼーっとしてしまったのだが、その後、「 あ、このことを知らずに日常を過ごしてしまう、ってのもあり得たな 」と気付いた。訃報は友達づたいにメールでまわってきた。いつも同窓会に来てくれている友達だった。同窓会続けててよかったな、と本気で感じた。

 じみ~に毎年1・2回開いてるから、みんな何となくお互いの連絡先を知ってる。それがあったから、クラスメイトが亡くなったのも知らずに日々を過ごす、っていう一番淋しい事態を避けられたんかもしれん、と。「 ああ、こういうことか 」と。

 ゆるくでいい。メーリングリストでも、Facebookでも、何でもいい。とにかく一緒に活動した人へのアクセスを残しておく。たまに動くメーリングリスト、たまに集まる仲間、ちょっとフォローして見ておくだけでいい。それが、なにか起こったときの対応力になる。

 と、思う。

 つながりを保つために、管理人がちょっと意識するだけで結果は大きく異なるハズだ。無理のない範囲でゆったりつながっておくこと。せっかくできたソーシャル・キャピタル。運用しておかないと、勿体ないでしょ。

 

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