meta.kimura

感情の率直と、思索の明澄と、語と文との簡潔とです。

『地域ではたらく「風の人」という新しい選択』。物語は、流れるから絡む。

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 わたしにとっては驚きの良書でした。まさかここまでしっかりと作り込まれているとは思ってなくて、いや、これは失礼な予想をしてしまってました。すみませぬ。なんとなーく、きれいにつくってあるから読んでみるかぁ、ぐらいのテンションで買ったけども、掘り出し物でした。これはいい本です。
 大学生が地域で活躍する8人にインタビューする、なんてのはもうすんごいありきたりな構図かなぁ、と思っていました。インタビュー記事というスタイルにも食傷気味ですし、若者×地域も右に同じく。もうどこにでもありそうで、どこでもやってるからこそ、クオリティが高い取り組みを見つけるのは難しいもんです。
 しかも、公式が既に成り立っているからこそ、そのレールの上にいれば安心なわけで、だから、こんなもんでいいか、という手抜きがひょこっと出てきてしまいがちです。わかりやす過ぎるストーリーで名作をつくろうと思うと、かなりの労力が必要なのです。イマドキの大学生、さらに本を書くなんて思ってもなかった大学生を相手にして、よくぞ、ここまで作り込まれたな、と。本気でそう思いました。内容も、相当おもしろい。

●◯。。。...

 構成はいたってシンプルです。メインは8人へのインタビュー記事。インタビュー対象者の言葉を書き起こした「語り」と、インタビュワーの書いた「地の文」の比率は半々ぐらいでしょうか。インタビューの文章としては独特なリズム感が出ている気がします。この辺は編集段階での工夫なのでしょう。
 「語り」ばかりでは単なる聞き書きになってしまうし、かといって「地の文」で書き切るほどの力量があるわけでもない。そんな制限の中でベストバランスを見つけようとされたのではないかなと、推測してしまいました。そして、そのバランスがすごくいい雰囲気を醸しだしているように思います。
 大学生がインタビューをするので、当たり前ですがプロではないわけです。プロではないから、当然、不安定です。読み進めていくうちに、これはプロ野球にはなくて甲子園にはあるような、ニューイヤー駅伝にはなくて箱根駅伝にはあるような、そんな魅力なのだなと思うようになりました。書き手の苦心と悩みと成長と、そういったものが滲み出ているようなのです。
 わたし自身、インタビュー記事を書いたことがあるから、そういう目線で見てしまうのかもしれません。あれ、苦労するんです。(;・∀・) 特に地の文では、相手の言葉を使わずに、言い換えつつも核となる部分に迫らないといけないので、言葉の選びにものすごく慎重になったりします。
 プロだったらサラッと書いてしまえるだろうところに、詰まりができてしまう。その詰まりには戸惑いがある。そこでぐっと考えて、苦心し、だから書き手自身も変わっていこうとしているのだなと思えます。いや、こんな読み方する人は少数派かもしれませぬが(笑)。でも、甲子園みる気持ちってこういうのじゃないかと思うんです。

●◯。。。...

 ま、そんなマニアックな視点から楽しまなくても、十分おもしろい内容です。インタビューされている8人の魅力は言わずもがな。そんな方々が、やわらかい雰囲気の中で、挫折も含めた自分の生き方を語っている。それだけで、ぐっとくることもある内容です。
 「風の人」というコンセプトもいい。個人的には、コミュニティには流れと滞留が必要だと思っているのですが、意外とみんな「流れ」の方は意識していないなと感じています。流れる人がいないと新陳代謝ができなくて、最終的には行き詰まってしまう。だから、地域にもベタッと貼り付く人と、スルッと抜けていく人がいていいと考えているのです。
 移住するときにも、いきなり「定住だからね」「永住だからね」な前提にされるのは、重くて辛い。でも、そういうのを普通にぶつけてくるおばちゃん、おっちゃんはいて、いっつも、そうじゃないんだけどなーとか心の中で思っていたりしています。
 風が吹き溜まって、いつの間にか土になっていくようなもので。地域活性化だからって、その土地に凝り固まる必要もなくて、やわらかに、柔軟に、やろうと思ったことや、やっていくべきことをやっていけばいい。そういうスタンスがじんわりと気持ちよく伝わってくる感じがしました。

 そんな自然体な人たちに出会ったからでしょう。各インタビューについている大学生の編集後記のような感想も素直でストレートで、着飾りがありません。この編集後記はちょっと楽屋話のようなものにもなっていて、楽しいところです。ここは、読んでみてのお楽しみでしょうな。( ̄ー ̄)

●◯。。。...

 あと、もうひとつの読みどころはこれが「島根」で起こっていることだということでしょう。8人で島根を表現できるわけでもないんだけども、ゆるやかにそれぞれの活動が影響していたり、つながっています。そこを活かして、巧いとも言えるし、ズルいとも思える仕掛けが仕込まれている。8人のストーリーなのに、編み上がって島根のストーリーを感じられるものになっているのです。
 なので、拾い読みはオススメしませぬ。アラカルトだけども、最初から通読してみてください。地名や人物名を追いかけると、おや?と思うこともあるかもしれません。

 

 

 ポコンと出会った意外な名作。削りの粗さはあります。でも、玄人から素人まで、しっかり読めて楽しめる一冊です。これはオススメ。

 

 

m(_ _)m

 

 

地域ではたらく「風の人」という新しい選択

地域ではたらく「風の人」という新しい選択

  • 作者: 田中 輝美,藤代 裕之,法政大学藤代裕之研究室
  • 出版社/メーカー: ハーベスト出版
  • 発売日: 2015/08/18
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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