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meta.kimura

感情の率直と、思索の明澄と、語と文との簡潔とです。

どうしていいかわからなかった。ただ呆然と立ち尽くした。

 特に何を感じるわけでもなく、ぼくはいつものようにカメラを持って自転車を漕いでいました。空はどんよりとした曇り空で、ゴールデンウィークなのに何だか勿体ない日。こういうときは晴耕雨読です。『未来を変えた島の学校』を買っておこうと書店を巡っておりました。
 そんなとき。ミィー、ミィー、とやたらに甲高い音が聞こえてきました。何かの黒い塊。よくみると小さな子猫です。近くには相棒が一匹いました。どうやら二人ともまだ目もよく見えていない様子です。足取りもおぼつかないようで、ふらふらと何かを求めるように彷徨っています。鳴き声は強く、精一杯振り絞ったような音が辺りに響いていました。


●◯。。。...

 母猫はどこへいったのだろう?と少し気になりつつも、ぼくは絶好の被写体を逃してはならぬとばかりに自転車を降りてカメラを構えました。こんなに小さな猫を見ることはそうそうありません。猫好きならば、むっはーっと突撃するところでしょう。腕を地べたにつけて、シャッターを切りました。
 すると、トラ柄の方はこちらに寄ってきます。警戒心がまだないのかもしれません。すがりつくように、こちらに歩いてきます。これはいかん、と少し距離を置きました。あまりにも異常に思えたからです。こういうときは、ちょっと離れて様子を見ておきたい。やはり親猫がどこにいるのか気になります。
 周囲をちらと見てみても、親がいる様子はありません。もしかしたら、捨て猫かも。しかし、それらしきダンボールも見当たりませんでした。

 子猫はカメラを向けると寄ってきます。2人ともよたよたと、近寄ってじゃれては離れて鳴き声をあげ、何をするともなく、ただ親を求めて彷徨っているようでした。じゃれつくときだけは、安心するのか、鳴き声がおさまります。何かに触れていたいのでしょう。だんだんいたたまれなくなってきました。どんな気持ちで写真を撮ったらいいのかさえ、わからなくなりました。



●◯。。。...

 そのときでした。一瞬、ぼくの身体が硬直して、声にもならない声が出てしまいました。鷹ともワシともつかない大きな鳥が、黒い子猫をかすめ取っていったのです。あっという間の出来事でした。一瞬にして、子猫の甲高い鳴き声は1つになり、ぼくの目には鳥の足にガシっとつかまれた黒い塊の姿が焼きつきました。
 呆然です。トラ柄の子猫は一人になり、まだ状況は掴めていないのでしょう、ただ路上を彷徨っています。ああ。うあ。何をどうしたらよかっただろう、そんなことを頭の中で考えてみましたが、全くの無意味でした。

 何を撮っていたのか、なぜ撮っていたのか、撮っていてよかったのか。そんな言葉も頭をよぎりました。その一方で、自然の摂理というのはこういうものかという、悟ったような、大人ぶった考えもあり、さらにはめったに見られない光景を見ることができたという想いもあったような気がします。助けにいけないかと無駄に飛んでいった方へ歩いてみたりもしました。要は混乱していました。
 結局のところ、わたしには何もできなかったのでした。しばらくして、またカメラを構えました。今度は、どうやってもトラ柄の子猫、一人です。せめて鳥に見つからないようにと藪の中に移動させましたが、スグに路上に出てきてしまいました。まだ後ろ足がしっかりとしていません。足を引きずり、鳴き叫んでいます。

 少しだけ写真を撮って、ぼくはその場を去りました。


●◯。。。...

 まだ、身体がちょっとふわふわします。猫好きにはショッキングな出来事でした。悲しい光景であっても、撮りたいと思ってしまう欲望は何なのか、ぼくにもよくわかりません。ここでこうやって書くことも、公開することも、子猫たちの生にとっては、なんの意味もないのでしょう。
 ただ、ひとつ。ひっかかってしまうのは「捨て猫ではないか」という疑念です。野生の猫とは思えないキレイさは確かにありました。なぜ、生まれてしまったのか。単なるぼくの人情として、そういうことはして欲しくないなぁ、と思うのです。ぼくが言えたことではないというのは、もちろんその通り。ただただ、今日見てしまったから、書いておきたいと思ったのです。

 少し調べてみたところ、平成25年の犬猫の殺処分数は「128,241」だそうです。このうち「99,671」が猫でした。猫のほうが圧倒的に多いんですね。この数字をどう捉えるかは、難しい問題なのでしょう。個人的には、捨てるのだけはやめて欲しいなと、思ったのでした。(去勢はしておきましょう。。。)



m(_ _)m