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meta.kimura

感情の率直と、思索の明澄と、語と文との簡潔とです。

いつの間にか治せ、ということ。

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 先輩に「いつの間にか治せ」と言われたことあって、なんじゃいそれはっ、と心の中でツッコんだ覚えがある。多分、高校時代だったかで、陸上をやっていたときのこと。初めて故障らしい故障(ケガ)をして、疲労骨折かなんだかで部活を休んでいたときに言われたのだったと思う。
 いつの間にか治す。その言葉の意味はあんまりわからなかったけど、まぁとにかく治そうと思ったのだった。

●◯。。。...

 実際、その故障はいつの間にか治った。治るというか、走れるようになるという感じだった。違和感はずーっと残るけど、走るに支障はないし、そのうち違和感にも慣れていった。治ったと言えば治っただし、治ってないと言われればそうかもしれないと悩んでしまう。そういう治り方だった。
 こういうのが「いつの間にか治せ」ってことだったのかなぁ、などと、昨日お風呂の中で考えた。いや、遅すぎるんだけど、遅すぎるんだけど(汗)。気がついたら、あ、そういえばぼくは病気だったんだった、っていうような治り方は今までもたくさん経験してきていた。
 むしろ、この線とこの線をつなげたら、あ、テレビがついた!みたいなことの方が少ない気がした。何かを身につける、スキルをつける、といったようなことも同じで、基本的には微妙なグラデーションがずーっと続いていて、いつも「いつの間にか」今の状態になっているのである。昨日は話せなかった英語が、今日いきなり話せるようになるわけじゃない。世の中のことはだいたい機械的に治らない。レベルアップするように変化しない。

●◯。。。...

 このことを意識しておかないといかんなぁ、と思った。最近、少し停滞が自分の中に溜まっていて、足掻かないといけないような気に囚われてしまっていたのだと思う。でも、気が付かないうちに経験値は積まれているはずだし、それを信じるってことが「いつの間にか治せ」なんだろう。
 ある課題があって、解決策を実行して、解決した。そういうストーリーはわかりやすい。わかりやすいことには、疑いの眼差しを向けておいてもいい。

 

m(_ _)m

 

 

新版 問題解決プロフェッショナル―思考と技術

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