meta.kimura

感情の率直と、思索の明澄と、語と文との簡潔とです。

「 役立ち 」のあれこれ 【 Network Session 】




 Network Session vol.2 のテーマは、「 役立ち 」でした。役立つ、
 役に立つ、役立てる。この言葉が浮かんだのは、やっぱりゲストがあつ
 だったからだろうと思います。コミュニティ・ユース・バンクmomo、東
 海若手起業塾など、いわゆる「 支援 」的なところにいるからこそ、こ
 の「 役立ち 」に対する哲学があるんではないかな、と予想していた
 わけです。



 あなたにとって、「 役立ち 」とは?
 例えば、3つ定義を考えてくださいと問われれば、どう答えますか?



 ある人は、役立ちを「 人を助けること 」と捉えるかもしれない。
 また、ある人は、「 人から感謝されること 」と言うかもしれない。
 他にも、「 自分を満足させるもの 」「 人生そのもの 」などなど。
 もともと、「 役立ち 」は自由に、いろんな解釈ができる言葉である。

 はてさて、そんな「 役立ち 」ゲストの答えはこんな感じであった。



【 あつの役立ち 3つ 】


 これを見て、みなさんはどう思うだろうか?話し合われていた中から、
 ちょっと視点を抜き出してみる。



 A)手を出す役立ち。

 B)手を出さない役立ち。

 これは、「 やってあげる 」か「 やってあげない 」かの違い。
 多くの人は、「 やってあげる 」ことが役立ちだと思っていて、そ
 れは間違いない。だけど「 やってあげない 」ことも役立ちになる。
 って、いう人もいる。やってあげればあげるほど、その恩恵を受けて
 いる人はどんどん「 できなく 」なってしまう。

 最後の一歩を踏み出すのは、その人自身。その一歩を踏み出す環境を
 整えることはするけど、最後は手を出さない。これも「 役立つ 」
 のだ。 と、いう議論。

 どっちも役立つ。だから、極論言えば、「 できない 」も、役立ちw



 A)役立っているかどうかは、相手の反応で決める。(わかる)

 B)役立っているかどうかは、自分が決める。

 今度は、この2つ。こいつも後者に納得がいく人は少ないんじゃないだ
 ろうか?多くの人は「 役立っているかどうかは、ありがたいと思って
 いる人が決める 」と思ってる。ハズ。その認識は間違いないんだが、
 ゲストのあつの反応は、「 え?みんなどういうときに役立ってるって
 捉えるんですか? 」ってぐらい意外そうだった(笑)変わり者であるw



 さて、この2つの「 B 」をつなげると、最終的には手を出さず、自
 分で役立ってるんだ、と思ったら役立ちだ、ということになる。そんで
 不思議なのは、役立つってことは、そこに価値が生まれて、なんらかの
 報酬を得るチャンスがあるって考えてみることもできることだ。

 手も出さずに、自分で「 役立ってる 」と思うだけで。

 人が成長するためには自分が手を出しちゃいけないっていう、非常に
 単純な話なんだけど、これが、支援者のジレンマ(?)なのかもしれ
 ないと思っている。





 最後に。

 「 積極的に欠けることが役立ちなのかも 」という話も出た。

 役立つことは、誰かの「 できない 」の穴を埋める行為である。そし
 て、その埋めた穴の場所は、居場所になる。   と、すれば、誰かの
 居場所をつくるためには、穴をあけておくことが必要になってくる。隙
 のない空間には誰も入り込めないのだ。 というのは、私の意見。決し
 て欠けまくりの自己弁護では、ない、、、ハズ(笑)




 これらの議論を、人の意識の度合いや、年齢や、場面でわけて考えてし
 まうこともできる。この人にはまだ手を出した方がいい、こういう場合
 は、助けてもらった方が、相手にとっての役立ちになるんだ。 とか。
 いわばケースバイケース。「 やっぱバランスだよね 」という結論と
 同程度に、つまらなく、平坦で、逃げ込みがちな「 落ち 」である。


 そこに落ちても、発見はないよなぁ、と反省中。
 今度は、「 ちゃんと オチなし 」のつくりにしてみようかな。

 





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