図書館で見かけたときには、どこに分類されていたっけ。確か、情報学とか、インターネットとか、そんな並びにちょこんとあった気がする。『弱いロボット』。はて、と思って手にとったら、医学書院のシリーズ「ケアをひらく」だった。これは読まねばなるまい。ぼくはこのシリーズの編集者、白石さんのファンなのだ。
●◯。。。...
ロボットというとメカメカしいイメージが付きまとう。機械とプログラムをがちゃがちゃやってるロボコンなイメージ。あまりそれが「人間」の理解につながっていると思われてはいないだろう。
しかし、実は佐々木正人さんの『アフォーダンス―新しい認知の理論』もロボットの話から入っている。ロボットは人間のコピーをつくる側面を持ちあわせているから、当然、ロボットの開発には人間の行動、認知、振る舞い、感覚などについてのより深い理解が必要なのだ。だからロボットの話はおもしろい。著者の岡田美智男さんの話はロボット同士の「雑談」の再現にはじまっている。
そのおしゃべりに対する観察者の視点からは、「その会話は何のために、どんな目的でなされるのか」というように、やりとりされる発話の「意味」や「役割」を気にしてしまうのだ。しかし、一つひとつの発話の担う意味に着目すればするほど、よくわからなくなってくるのである。
ふと発せられた言葉から、徐々に意味が組み立てられていく。最初から頭にあったものがダウンローディングされるように流れて出てくるのではなくて、まず、一歩、とりあえず踏み出されている。その一歩の積み重ねが人間の会話を組み立てるらしい。
さもあらん。雑談のたびに、わざわざ意味を組み立て、将棋の戦略をシミュレーションするように何通りもの可能性を考えているような人はいない。そこにあるのは強い戦略ではなくて、弱々しいとりあえずの一歩なのである。
●◯。。。...
一歩は弱い。弱いからこそレシーブが必要になる。完結していないから、続きが気になる。「賭けと受け」という言葉が、とってもしっくりきた。たしかに。一歩はドキドキハラハラの「賭け」である。リスクがあるから、「受け」られたときの安心感、達成感、楽しさはひとしおなのだ。
ここまで来ると、なんとなく白石さんの意図が見えてくる。なるほど、これはケアである。本書中頃にある岡田美智男さんと編集部との対談は秀逸だと思った。(ちなみにほんとは対談ではなく「インタビュー」。でも、ぼくは対談だと思う)
―――精神科にSSTってあるんです。ソーシャルスキル・トレーニングといって、「おはようございます」とか「趣味はなんですか」とかっている言い方をきちんとできるように病院の中で練習をしてから退院する。つまり、個人の中で「コミュニケーション能力」というものが形成できたら退院できて、その能力を使えば社会でもコミュニケーションができるようになる、というモデルです。
岡田 個体能力主義ですね。
―――ただ、たとえば「べてるの家」というところで行っているSSTはちょっと違うんですね。自分のできないことを皆の前で開示して、その練習をしますってまず言うんですよ。「自分が精神病であるということをお父さんに言う練習をします」っていうように。でも、たとえ練習であってもそばにお父さん役がいると怖くなってしゃべれなくなっちゃうんです。それでも一生懸命言うわけですよ。で、まあ、そこで拍手とか涙とかが自然に出ちゃうんですね。それは本当に感動的です。
岡田 なるほど。
―――でもそれは別に、「その人のコミュニケーション能力がついた」ということではないと思うんです。ただ、できないことをみんなの前に開示して一生懸命練習するその彼を支え、そこから意味を見出そうとするあたたかい空間があることは確かです。そういう空間にこそソーシャルスキルというものが成立していて、そんな環境をみんなでつくるトレーニングこそをソーシャルスキル・トレーニングというだなって思ったわけなんですけどね。<中略(だいぶ飛びますが)>
岡田 そう。最初に繰り出す投機的な行為(エントラスティング entrusting)さえあれば、それを受け止める行為(グラウンディング grounding)がおのずと出てくる。そういう感覚が持てるかどうかが大事なんです。そもそも僕らは、言い直すことを前提に発話を作り上げているんですよ。それが当たり前のはずなのに、最初からきれいな構造のものをつくり出すようなトレーニングを強制されている。ちょっと間違えると叱られるから、頭の中で一生懸命考えて、プロットをつくってからしゃべり出すようなトレーニングです。でも、そうなったら誰もしゃべれないですよね。
聞き手が積極的に話していくスタイルとでも言うべきコメント力。これが白石さんなのだろうか。いやぁ、すさまじい。やわらかい文章も心地よい。
●◯。。。...
「賭け」は「欠け」だなとも思った。やはり、ぼくたちは完全なる充足を目指しているようで、目指していない。完全無欠のヒーローに憧れてはいても、その弱さにドラマを見出して感動する。
だから、ロボットも欠けてみた。そうしたら、その賭けを受け、欠けを埋めるように、人とロボットがつながり出していくかもしれない。弱さには大きな可能性がある。そして、ぼくは、そういうアプローチが好きなのである。
m(_ _)m
アフォーダンス-新しい認知の理論 (岩波科学ライブラリー (12))
- 作者: 佐々木正人
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1994/05/23
- メディア: 単行本
- 購入: 29人 クリック: 193回
- この商品を含むブログ (92件) を見る