meta.kimura

感情の率直と、思索の明澄と、語と文との簡潔とです。

ゴールデンウィーク10連休の効用。

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 10連休も残すところあと2日になった。予定のない連休を過ごしてみて思うことは、こんだけ長い休みがあるっていいな、ってことだ。いや、そのままの意味で受け取ってもらうと困る。こんだけ長いと、それなりに日常のリズムができてくる。それがとてもいいのだなぁ、ということだ。

●◯。。。...

 海外旅行だとか国内長期旅だとかの大きな予定を入れない限り、10日もあれば中だるみが生まれる。ずーっと休みだウェーイなテンションで予定を詰め込むこともできない。かといって、ひったすら自堕落に過ごすわけにもいかないだろう。ぼーっとしてたって1日は過ごせるけども、3日ぼーっと過ごせる人はそうそういない。
 食事をつくる。洗濯をする。掃除をして、ゴミを出す。家事の合間に少し休んでお茶を飲む。そうやって、なんとなくの時間割を自分なりに組み立てていかないと歯が立たなくなってくる。10連休は意外と手強い。
 これがまた、ゴールデンウィークだというところもいい。年末年始の9連休とかは今までにもあった。しかしながら、年末年始やお盆は帰省しなければならないという制約がついたするのが日本人である。なんとなく、同窓会なんかの予定も入る。決まりごとのように開催される。それはそれで大変に素晴らしい年中行事なのだけれども、その、年間リズムマイルストーンが入ってくるので、自由まっさら長期休暇とはならないのだ。
 それに対して、ゴールデンウィークにはしがらみはない。さぁ、何をするか。そこから自分たちで考えていかなければならない。その状況をつくり出せたことが、今回の10連休一番の功績だと思いたい。

●◯。。。...

 このゴールデンウィークは、日本人を10日連続で休ませたらどういう反応が起こるのかを観察するための社会実験だったのではないか。ってな話がわが家で出た。冗談交じりではあるけども、その通りだったのではないかとも思ってしまう。バカンスに向けたトレーニングだと考えてみるのもおもしろい。
 報道を聞いていると、10連休を歓迎していなかった人、楽しめていない人、批判的な人もかなりの数いるという。その中に、予定を自分で決めなければならないストレスが一定程度は含まれているような気もしてしまう。裏を返せば、普段の生活の方が無思考で楽なのだろう。他者比較、人並みでありたいという願望も加わっている。休みだから、充実して過ごしたい、外に出かけたい、SNS映えする過ごし方をしたい。背負う必要のない要求がのしかかってくる。

●◯。。。...

 休みなのだから、理想の暮らし方をすればいい。それぞれがそれぞれの事情にあわせて、思うように時間を使えばいい。仕事をしたければ仕事してもいいし、勉強したければ勉強、遊びたければ遊ぶ。単純に考えて、それでいいのである。
 8日間休んできて、昔の感覚を取り戻しつつある。転職の合間の、ニートな期間の感覚にけっこう近いところまで来れるのだな、というのが正直な感想である。毎日スーツを着なくていい。朝は7時前に起きて、朝食をつくる。適度に身体を動かし、勉強もして、午後には窓辺で本を読む。
 遊び過ぎの気配はあるけども、それであっても、通勤する日常に比べれば、大変に有意義で、進んでいる感覚がある。どういう暮らし方がしたかったのか、どういう生き方がしたかったのか。改めて、見直すことができたように思う。
 10連休で、休みの日常ができた。これが比較対象になって働く日常を照らし出す。果たして、どちらが「正常」なのだろうか。

●◯。。。...

 きっと、生きると働くはもっと重なっていく。重なれば、連休もなくなるし、連勤もなくなっていく。わたしの場合は、たぶん、そんな生き方になる。

 

m(_ _)m

 

 

生きるように働く

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