meta.kimura

感情の率直と、思索の明澄と、語と文との簡潔とです。

わたしを勝負に巻き込まないで。

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 秋なのに暑い。夜も21時をまわったというのに、気温は下がってくれていない。扇風機がまわる、9月末の夜。昨日はもっと涼しかったような気がするが、どうだったか。
 この日曜日は家にこもった。でも、なんとなくいい天気で、家の中にも気持ちのいい風が入ってきた。過ごしやすい。昼寝するにもちょうどいい日だった。
 こういうゆったりした日をゆったりと過ごせることはありがたいことである。生命の危機にさらされることなく、美味しいごはんを食べられるのは幸福なのだと、頭では考えるようにしている。しかし、月曜からのことを思うと、一気に憂鬱な気分が舞い戻る。またあの世界にいくのかと思うと、滅入る。

●◯。。。...

 社会と暮らしの間に距離を置きたい。そんなことを思ってみた。もちろん、ぼくの暮らしは社会の中で成り立っているから、社会を脇においておくことなんてできるものではない。そうわかってはいるけども、せっかく平穏に、穏やかな気持ちで生きているのだから、それを邪魔されたくもないなぁ、なんて思ってしまう。そして、できれば暮らしの中に引きこもってしまいたい、なんてことも考えてしまう。
 よき社会に包まれていないから、そんなことを考えているのかもしれない。特に今は、ろくでもないことにばかり加担してしまっている。勝ち抜くとか、勝ち残る、なんて言葉をちょくちょく聞く環境にいると、もともとがニート的な人間はヘトヘトしてしまう。もしくは辟易する。社会嫌悪症、いや、この場合は、会社嫌悪症か。

●◯。。。...

 勝ちたいのであれば勝ってくれればいい。そんなことは他所でやっててくれ。それが正直な気持ちなのだ。いいことしていれば、勝ちだの負けだのはどっちでもいい。もっと志の高いことを言う奴はいないのかと思うけれど、往々にして、志の高さや目線の高さは、青臭さを伴うようで、新しい世界をつくろう、的な言葉は苦笑いによって一蹴される。勝ち負けとどっちが幼いのかは、よくわからない。
 社会のあれやこれやに囚われず、正しいことをすることがどれだけ難しいことか。だからこそ、せめて自分の暮らしぐらいは、正常なままであって欲しいと願うのかもしれない。もはや、何が虚偽で何が誠実なのかもわからなくはなっているけれど。

 

m(_ _)m

 

 

人間の大地 (光文社古典新訳文庫)

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