meta.kimura

感情の率直と、思索の明澄と、語と文との簡潔とです。

『麒麟児』冲方丁

 久しぶりにバランスのいい小説を読んだ、気がします。なんというか、あんまり軽過ぎず、かといって重くもない感じの、ちょうどいい小説です。麒麟児。冲方丁を読むのはこれで2作目。『天地明察』は面白かった。

●◯。。。...

 麒麟児は、勝海舟のことで、西郷隆盛のこと。勝海舟側、つまり幕府側から、江戸城無血開城を描いていました。この、無血開城、ってのが珍しい。幕末ものの中でも、あんまりその辺りの事情を描いたものは、聞いたことがありません。知識としては、勝海舟がやった、というぐらいしか持ってない。たぶん、受験勉強でもそんなぐらいのことしか触れられていなかったように思います。
 でもでも、当然ながら、これは大変な偉業なんでしょう。だって、大政奉還がなされた後とはいえ、当時は江戸幕府の時代です。徳川のお殿様が一番権力を持っていた。一朝一夕でそれらがなくなってしまうわけではないし、権力が天皇に移ったとして、その認識を民衆まで広めるのは至難の業です。
 旧体制が好きな人と、新体制が好きな人がいる。旧体制で得をしていた人と、新体制で得をしようとしている人がいる。明治維新の中にも人の欲望は渦巻いていて、勝海舟西郷隆盛はその渦を巻き取って、次の日本をつくろうとしていました。まぁ、ほんとのところはどうなのかわかりませんが、少なくとも小説の中では清廉潔白に、日本をまとめようとする姿で出てきます。
 幕末から明治維新はほんとに難しいです。尊皇攘夷だとか、佐幕だとか、いろんな立場が出てきます。主な論点は、鎖国(攘夷)か開国か、天皇か幕府か、この2軸です。幕府で開国の人もいれば、天皇鎖国の人もいます。外国なんてやっつけちゃえの人が、次の場面でいきなり開国派になってることもあるので、気をつけねばなりません。考え方がガンガン変わる。それも新しい情報が一気に流れ込んだからでしょう。
 では、大衆はどうだったか。こんだけ政府が混乱しているのに、ついていけるわけがない。きっと、不安だったに違いないんです。そしたらどうするか。暴動します。

●◯。。。...

 物語の中では、主に武士身分の暴動をどうおさえるか、ってな点が課題になってるような気がしました。確かに、だいたいの戦争は、暴動とか暴挙が起点になる。軍部を暴発させない、内乱を加速させて国力を損なわせないことが重要になるんでしょう。とはいえ、平和的に江戸城を開け渡せるわけでもありません。
 官軍側、幕府側、それぞれのお偉いさんたちの私利私欲も絡んだままで、さて、どう交渉するか。西郷隆盛勝海舟の高度なコミュニケーションが見ものです。調整ってひとつの職人技なんだよなぁ、と思わされます。地味ですけど。
 きっと、地味だから、そんなに扱われてこなかったんだろうなぁ。江戸城無血開城。ものすごい歴史的偉業なんですけどね。戦乱を避けられた手腕に学ぶことは多い。



m(_ _)m